星を嵌め込む――古いタイプの引用文を書くための手引き

小説

written by 匝

 創作の際、少し古い手紙や本を引用文の形で表現しようとすることがあるかもしれません。この手の文章は旧仮名で書かれることが多いものです。数代前の国王が残した手記、旧時代の遺物の観察日記、あれこれ想像が出来ますが、この類のものを頻繁に登場させるのは大正浪漫や太平洋戦争を題材とした作品です。このジャンルの場合、書簡は勿論、看板や新聞といった小さな意匠にも気が抜けません。

 ですが、この辺の事を粗略にする人がどうにも少なくありません。確かに知らない事を一々調べるのは面倒なものですが、細かいところで手を抜けば作品の雰囲気が台無しになり、嘲笑は免れません。考証を入念に行った上で書いたところでそれが読み手には中々通じないものなので、正直、労多くして益少なしの感が強いものですが、作品をより上等に仕上げるためには欠かせません。すぐには目に付かない箇所にも鑢を掛けるのを忘れてはいけません。
そんな訳で、今回は旧仮名の使用法について簡単に書いて行きます。漢字を多用することを前提としますので、語幹の差異などには触れません。また、大前提として書く前にきちんと調べることが必須です。
(以下の文章では手っ取り早く旧仮名に慣れていただくために旧仮名遣いで書くことにします。拗音促音は大書き、漢字は新字体)

目次
・「ゐ」と「ゑ」について
・五段活用は四段活用に
・「やう」と「よう」
・こそあど言葉について
・「ア行がなぜ残る?」
・ヤ行とハ行
・四つ仮名について
・仮名遣いとは何か
・結びに

・「ゐ」と「ゑ」について

旧仮名と聞くと真つ先に想起されるであらうこの二文字。ですが漢字交じりで書く場合、動詞の活用で遣ふ以外はあまり見かけることはありません。漢字で隠れる場合がほとんどです。
「ゐ」を使用する動詞は「ゐる(居る)」・「用ゐる」・「率ゐる」程度、「ゑ」は「植ゑる」・「据ゑる」・「飢ゑる(うゑる・かつゑる)」の三語。「植ゑる」・「据ゑる」の二語は自動詞に直すと「植わる」・「据わる(座る)」とワ行で綺麗に並びます。
「ゐ」「ゑ」を遣ふ語でやや使用頻度が高いのは「くらゐ(位)」や「ゆゑ(故)」ですが、この辺もいざとなれば漢字で隠すことが出来ます。

・五段活用は四段活用に

「言ふ」「思ふ」「書く」などの五段活用は、すべて四段活用となります。といつて、現代仮名遣いから大きく変はるのは助動詞「う」が附く時の形だけで、例へば「言おう」が「言はう」に、「書こう」が「書かう」に、つまりオ行がア行になる程度です。あとはそのままです。旧仮名遣ひではハ行、現代仮名遣いではア行の動詞の場合は機械的にハ行に直せば良い(言いたい→言ひたい、言えば→言へば、言え→言へ)。
「う」は未然形を要求しますが、同じく未然形を要求する「ず」「れる」が附く時は「言はず(言わず)」「言はれる(言われる)」となるのを見れば「言おう」が「言はう」となることに納得がいくのではないかと思ひますが、どうでせう(これは「する」の未然形「せ」+意思の助動詞「う」です)。

・「やう」と「よう」

「しないやうにしよう」といふ一文を見て、なぜこのやうに書くのか想像できるでせうか。「やう」は「樣(字音:やう)」がそのまま日本語に取り入れられたものです。一方、「よう」は「う」が上一段動詞、例へば「射る」に附いて「射う」→「射ょう」→「射よう」となつて出来たものと考へられてゐます。
区別の方法としては、書きたい「ヨウ」に「樣」を宛ててみて意味が通じれば「やう」、通じなければ「よう」と書けば大丈夫です。

・こそあど言葉について

こそあどの内、「あ」と「ど」については変化がありませんが、「こ」と「そ」には違ひがあります。
「この」「これ」「こんな」はそのままですが、「こう」は「かう」となります(「その」「それ」「そんな」に対する「さう」)。かうなるのは「かく(斯)」が音変化したためです(「さう」は「さ(然)」の音変化)。

・「ア行がなぜ残る?」

「書いた」や「ついで」、「ございます」や「~したい」、「問うて」などを見て、ア行のままになつてゐるのは何故なのかと思ふ人もゐるかもしれませんが、これらの語は旧仮名でもこのままの形を取ります。
これらの語は音変化を経て現在の形になつたので、例へば「ついで」は元は「つぎて」だつたものがイ音に変り、この時に後続音の濁音化も伴つて「ついで」となりました(濁音化はガ行の動詞全般に必ず起こります)。
「ございます」は漢字を宛てる時にたまに「御座居ます」と書いてしまふ人もゐるのですが、間違ひです。これは「ござります」(「ます」を抜けば「ござる」)の「り」が音変化して「ございます」となりました。だから「御座います」とするのが正しい。
形容詞の終止形の語末はすべて「い」です。「高き」「由々しき」などの「き」からk音が脱落したものです。形容詞の終止形は元々は「し」ですけれど、統辞が単純になつて連体形「-い」と同じ形になりました。
「問うて」(問ふ)については元がハ行なのになぜこの形なのかと思ふでせうが、これはウ音便です(「問ひて」の「ひ」がウになつた)。東京方言(いはゆる標準語)ではほとんど馴染みがありませんが、近畿方言(細かい差異のことは措いておきます)ではこの現象が痕を留めてゐます(「買ひて」→「買うて」、東京方言だと「買って」になりますね)。

・ヤ行とハ行

現代仮名遣いと旧仮名遣ひとの目に付きやすい差異は動詞の活用形ですが、そこをハ行に機械的に直せば良いわけでは必ずしもありません。といふのも動詞にはヤ行の活用をするものもあるからです(ワ行は一つ目の項目に書いたものだけです)。
一番有名な例は「見える」でせうか。これは文語形だと「見ゆ」となります。「老いる」は「老ゆ」、「消える」は「消ゆ」。ハ行に直せば話が済むといふわけには行かないので、やや面倒ですが、知覚に関する動詞、ものの消長に関する動詞はヤ行に当てはまることが多いです(前者は聞こえる・憶える等、後者は増える・萌える・生える・絶える等。その他には燃える・冷える・凍える等。厄介なのが「報いる」で、「報ふ」と「報ゆ」とが並び立つたために「報い」・「報はれる(報いられる)」と複雑になつてゐます)。
(実はヤ行動詞におけるエには「え」とは別に一字の仮名をあてがふべきではないかといふ意見があるのですが、話が専門的に過ぎるのでここでは省略します)

・四つ仮名について

「じ/ぢ」「ず/づ」の遣ひ分けは非常に厄介です。大抵の場合は「ぢ」・「づ」を宛てれば良いのですが(例へば老人が喋る時の定型「~じゃ」は「~ぢや」です)、
・「混じる」は「混ぜる」と関連を持つので「じ」(類例に「かず(数)」と「かぞへる」など)
・「閉ぢる」は「閉ざす」とは別語源(「閉ざす」は「戸+刺す」)
・漢語を動詞化したもののうち、濁音化したものは「じ・ず」を遣ふ(感じる(感ずる)・論じる(論ずる)など、これらはサ行変格活用の別形です)
となかなか複雑です。この辺については事前の確認が特に必要となります。ネットで少し調べればすぐに辞典が出ますし、大抵の場合は旧仮名形を併載してゐるはずなので、面倒がらずに調べませう。

・仮名遣いとは何か

旧仮名遣ひと一口に云ひますが、和語の仮名遣いと漢語の仮名遣いとは範疇が異なります。前者は歴史的仮名遣ひ、後者は字音仮名遣ひと呼ばれてゐます。これまでの話はすべて前者についてのもので、後者については極端な話をすれば覚えなくて良かつたりします(勿論漢字を多く宛てる文章に限りますし、ルビを振るなら知らなければならないのですが)。
一字一音にすれば楽で良いではないかと思ふでせうが、それだとどうしても不都合が出てしまふのです。例へば「言う」は現在ほとんど「ゆう」といふ発音になつてゐますが、「いわない/いいたい(いって)/ゆう/ゆう(とき)/いえば(ゆえば)/いえ」と細かく変へる気になるか。これこそ漢字で隠せば良いかもと云ふかもしれませんが、「そういう」(ほとんど「そおゆう」となつてゐる、また普通漢字を宛てない)を「そおゆう」と常に書き続けられるか。また、「紛う」は「まがう/まごう」が両立してゐますが、「紛いもの(まがいもの)」と「見紛う(みまごう/みまがう)」とを勘案して、どちらにするべきか。
歴史的仮名遣ひはこの辺の問題について、表記は大元の形を維持し、一方で発音はその変るままに任せるといふ方針を取ることで一先づの解決を附けました。理由もなく複雑な訳ではないのです。複雑だとすれば、言葉を取り巻いてゐた・取り巻いてゐる社会が複雑な変化を遂げて来、また遂げつつあるからです。
……ちなみに、この文章の前書きは現代仮名遣いと歴史的仮名遣ひとで差が出ない書き方、所謂「広辞苑前文式」で書いてあります。拗音促音の小書きは語形における影響はありませんが、文字の見栄えの問題で大書きを維持する場合が殆どです。一方で横文字を書く場合は小書きを取り入れることが多いのです。

長々と書きましたが、大事なのは自分が書きたい文章にどれだけ力を注ぐのか、要するにやる気の問題です。作品の一部分をゆるがせにしない態度は良い作品を作る上で必須です。磨き上げた星を空=作品に打ち上げてみせてください。
この記事はもっぱら旧仮名の書き方のチェックリストとしてご利用くださいませ。

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